雷に散髪してもらう話【艦これ】
艦隊これくしょん二次創作
地の文あり、6000字程度。趣味に走りました。
主役:雷
---------------------------------------------------------------
書類の山に追われて早二日。どうしようもない焦燥感にとらわれていた。
毎日届く任務の紙と開発報告書、建造報告書、遠征報告書、とにかく大量の書類の処理に追われている。
秘書艦である大淀もどことなく疲れているようで、ふと視線を左前の秘書艦用デスクに移すと、目の下にくまを作った大淀がその視線をせわしなく動かしている。
小一時間経っただろうか。山積みとなった書類の一角が少しだけ減ったころ、執務室のドアがノックされた。
「司令官、入るわよ」
気づけば遠征組が帰ってくる時間だったのだろう、雷が執務室に入ってきた。
「はい、司令官。遠征の報告書よ。今回は修復材も見つけたわ」
そう言って差し出される書類を、手を伸ばして受け取る。
不備がないか、軽く目を通す。記入漏れ、ミスはどうやらなさそうだ。
「うし、大丈夫そうだな。ありがとう、雷。補給して次の遠征まで下がってくれ」
雷に視線を向けてみると、雷は無言でこっちをじいっと見ていた。
「ん、どうした雷、なんかあったか」
「司令官……、なんか疲れてない?おひげもちょっと伸びてきてるし……」
「あ、ああ。ちょっとだけ書類が忙しくてな」
雷の視線からひげを隠すようにあごに手をやって答える。確かに無精ひげが伸びてきている。
「ちょっとは休まないとだめよ、司令官。倒れたら私たちだって困っちゃうんだから」
「大丈夫、大丈夫。みんな頑張ってるのに、私が休むわけにはいかないだろう」
「いーえ、提督」
そばで続けて書類の処理をしていた大淀が口を挟む。
「提督は働きすぎです。ここ二日間、いつお休みになられているのか、大淀も知りませんよ」
「いや、それは書類がまだあってな……、ちゃんと眠っているから大丈夫」
「執務室の机での仮眠は眠っているうちに入りませんよ。今日だって大淀が来たときには机に突っ伏していたじゃないですか」
「いや、それはだな……」
返事に窮していると、雷がそうだ、と何かを思いついたように口にした。
「忙しくて疲れてるんなら司令官もリフレッシュしたほうがいいわよね。大淀さん、司令官を一時間くらいお借りしても大丈夫かしら」
「ええ、一時間程度したら返してくだされば大丈夫です」
「お、おい。私には仕事がだな……」
「いいえ、提督。提督は少々疲れています。ここらでちょっとくらい休憩してもらわないと倒れてしまいます。そうしたらこの鎮守府の指揮はいったい誰がとるおつもりですか」
いや、あの、と口をもごもごさせて抵抗しようとするも、いつの間にか机の横まで来ていた雷に服の袖を引っ張られ、抵抗をあきらめることになった。
「ほら、行くわよ司令官」
半強制的に立たされ執務室の外に連れ出される。
「お仕事のことは考えずにさっぱりしてきてくださいね。かえってきたら一生懸命またお仕事してもらいますから」
大淀のそういう笑顔に見送られて、引っ張られながら雷についていくことになった。
連れていかれた先は工廠だった。
「明石さーん、居るかしら」
「はいはい、どうかされましたか」
そう言いながら奥から出てくる明石が私の顔を見て驚く。
「あら、提督。どうされました。雷ちゃんと二人で工廠なんて」
「ちょっと司令官がお疲れみたいだから連れてきちゃった。髪もぼさぼさだし、ひげもすごいから奥の台借りるわね!」
そういう雷の声に明石が私の顔、髪を見て納得したようにうなずく。
「ああ、なるほど。そうですね、空いてますからどうぞ使ってください」
……奥の台とはなんだろうか。そう疑問をもちながら、雷についていった先にあったのは。
「……洗髪台……?」
「そうよ、司令官。ここは私たち艦娘が髪を切ったり身だしなみを整えたりするための場所よ。さ、座って座って」
ほぼ無理やり座らされる。慣れた様子で電動の椅子を操作し、雷が高さを調整する。
「私は散髪されるのか」
「髪を切るってリフレッシュになるじゃない。どうせその様子だと行く時間すらないんでしょう」
「いや、それはそうなのだが、大丈夫なのか」
腕とか、資格とか……。
「大丈夫よ、司令官。電や響の髪だってこの雷様がちゃーんと整えてあげてるんだから、ね」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
そう言った私を完全に無視して、雷は作業を進めはじめた。
「じゃ、倒すわよ」
そう雷が言うと、洗面台に向けてゆっくりと椅子が倒れ始め、そこまできてようやく諦めることにした。
「うーん、電たちならもうちょっと上に来て、っていうんだけど司令官は逆ね。首のところ、痛くない?」
そう言われ、首元のクッションと合うように身体をずらして調整する。
「じゃ、はじめに軽く流すからね」
目元をタオルで覆われ、洗面台のシャワーから水音が聞こえ始める。
額に手を当てられ、熱くもなく、冷たくもない、心地よい温度のお湯が、額から頭頂部へかけて流れていく。
水音、そしてそのお湯を全体にかける手が、頭全体を優しく撫でていく。こぽこぽと水が流れていく音すら気持ちよく感じ、ああ、私は疲れていたのだ、と実感する。
気づけば、水は止まっていて、頭がタオルで包まれているところだった。いつも自分でお風呂上りにするような乱暴さは一切なく、優しく、しかし力強く、水気を確実に取っていく。脱力している首がその振動に合わせて揺れる。がしがしと頭をタオルが這う。
目元のタオルが取られ、椅子が再び起き上がっていく。
「やっぱり疲れてたんじゃない、そんな顔して」
そう言われながら椅子は回転し、鏡と向き合った。確かに鏡に映っている自分の顔はとても疲れ果てているように思う。
「しかし、司令官の髪はそんなに長くないから乾かすのも楽ねー。タオルだけであらかた大丈夫そうじゃない」
一応艦娘といえど女の子でもあるのだから、その子らと比べると、私の髪は短いのは当然だろう。
そう思う私に、雷は髪が服につかないようにするケープをつけ始めた。どうやら本当に切るらしい。
「本当に切るのか」
「そうよ、だってさっぱりするじゃない。お仕事だってあんなにずーっとやってても効率悪くなっちゃうでしょ。雷たちだってずーっと出撃すると調子悪くなっちゃうんだから」
いや、しかし、と食い下がろうとすると
「だから雷に任せなさいって言ってるじゃない。そんなにいっぱいは切らないから、ね」
やや濡れた髪をくしを使って真下に下される。確かに結構伸びてはいるようだ。
「結構伸びてるわね……、とりあえず眉毛の上くらいまで揃えて切って、てっぺんは軽く梳くくらいでいいかしら」
いつの間にかハサミを手にもった雷が身体を乗り出して櫛でおろした前髪を触っている。
これくらいね、と人差し指と中指でつまんだ髪の毛に雷がハサミを入れ始めた。
サクサク、とハサミが髪の毛を切り、パラパラと散らばる音が静かな室内を満たす。時折響くドリルの音は室外で開発をしている明石のものだろう。真剣な目をした雷が視界に入る。私は考えるだけしかできないが、きっと戦闘のときもこれくらい集中しているのだろう。
「司令官、ちょっとそんなに見られたらさすがにやりにくいわ」
どうやらずっと見てしまっていたらしい。そう言われるまで気づかなかった。
「すまん」
「いや、司令官、心配なのはわかるけど、もーっと雷のことを信頼してもらってもいいのよ。失敗なんてしないんだから」
思った以上の手つきの良さでそのような心配事などしていない、と言いだすのは少しだけ恥ずかしかったので、軽く目をつぶっておくことにした。
サクサク、パラパラ、と髪の毛が舞い、落ちていく。
時折、髪の毛を振り払うような動作が少しだけくすぐったい。
前が終わったのか横に移動した雷が切りやすいようにやや首を傾ける。時々、うーん、とバランスを悩む雷の吐息が側頭部に当たる。
「耳は出してしまうくらいにそろえて切るわよ」
その声にああ、とだけ答えると、雷は左手の親指で耳を抑えて、ハサミの先でチキリ、チキリと耳の上にある毛を切り始めた。
右側が終わったら次は左側の耳を抑えてチキリ。襟足も細かく何度もハサミを入れながら切って整えていく。
「じゃあ頭頂部を梳いていくわ」
梳きバサミに持ち替えた雷が頭頂部をザクザクと梳いていく……パラパラと髪の毛が落ちていく音……。
どうやら軽く眠っていたらしい。気づけばケープは取り払われ、櫛で頭全体に残ったままの切った髪の毛を振り払われているところだった。
「あら、司令官。目が覚めたの。と言っても数分だけだったけれど」
数分だけうとうとしただけでもずいぶん気持ちが良かった、とだけ答える。
「あ、司令官。ちょっと産毛が気になる部分があるから動かないでね」
小気味よいモーター音を響かせる小型のバリカンが耳の後ろ、首の後ろの産毛やラインからはみ出している毛を剃っていく。
近づけば音が大きくなり、触れている部分の振動がくすぐったい。小型バリカンは右側から後ろの首を通って左側までゆっくりと移動する。
「じゃーん、できたわ」
そう言って雷は鏡をもって後ろ髪の様子を見せてくる。いつも思うがこれで変なところを見つけられた試しがない。
だからこんな感じでいいかしら、とだけ言う雷に私は首肯することしかできなかった。
「じゃ、シャンプーするわね」
再び椅子を回転させ、洗面台に向けて倒す。今度は言われる前に首の位置を合わせた。
目元にタオルが再び置かれ、水音のみが聴覚を支配する。
再び額から頭頂部へ、そして側面へと温かいお湯が流れていく。落ちなかった髪の毛をすべて流しきれるように、頭全体をゆっくりと雷の手が這いまわる。
「かゆいところはないですかー、って言いたくなっちゃうわよね」
反応が返ってくることは期待していないかのような口ぶりのまま頭全体を流している。
シャワーからの水の音が止む。ぴちょぴちょと水滴が洗面台に落ちていく音。遠くでシュコシュコとポンプの音、そして手で泡立てるような擦る音のあと、側頭部に感触が来る。
左と右、両方からシャカシャカと泡立てながら髪の毛が泡立っていくのを感じる。やや手を立てて、側頭部、頭頂部、そして後頭部を小刻みに、力強く洗われていく。それが一往復、二往復、三往復。果てしなく心地よい。
そうやったあとは全体を大きく、円を描くようにゆっくりと揉みしだいていく。これも果てしなく心地よい。
4周くらいしてからだろうか、そっと雷の手が頭を離れた。再び聞こえる水の音。全体を優しく洗い流していく。
後頭部を軽く持ち上げられ、お湯をためた状態で軽くたたかれる。温かさと感触がひどく気持ち良い。
キュッ、と蛇口が閉まる音。そして排水管が立てるこぽこぽという音が続き、髪の毛の水気を軽く手で絞られる。
しばしの静音が訪れたあと、キュポンという音が響いた。
「トリートメント、というわけじゃないけど、一応ヘアケアのオイルを使うわね。あんまり必要ないって思うかもしれないけど、髪の毛って結構潮風で傷んじゃうから」
なんとも言えない良い匂いがあたりを漂う。髪全体にいきわたるように軽く撫でられる。行きわたったのだろうか、そのまま雷は指先を立てたまま両手で交互に頭を軽くたたき出す。そんなに強いわけではないが、ポンポンというような音が頭全体に小気味良く響いていく。
そして、ある程度たたいたあと、両手の指を広げた状態で私の頭をぎゅっと指圧していく。
ゆっくり指が動かしながら頭皮が引っ張られていく。ぐっ、ぐっとした圧迫感。決して不快ではなく、むしろ非常に気持ちが良い。決して長い間ではない非常に心地良い頭皮マッサージが終わったところで椅子が起き上がっていく。
目元のタオルが取り払われ、お疲れさまでした、と雷に声をかけられる。
「どうだったかしら、雷様のシャンプーとマッサージのテクニックは。暁なんか気持ちいいって言ってすーぐ寝ちゃうんだから」
確かに気持ちが良かった、そう伝えると雷は非常にうれしそうな表情になった。
「これから、気になったらすぐに頼っていいんだからね」
ドライヤーで髪を乾かし始める。温風が軽くあたりながら、手や櫛で髪の毛が乾いていくのを感じる。
「やっぱりすぐに乾いちゃうわね。なんだかつまんないなー」
それに楽しさを覚えるのはいかがなものか、と思うだけで口にはしない。
結構長い間やっていたのかと思ったが、まだ30分くらいしか経っていなかった。これからすっきりした気分で仕事に戻れば大丈夫だろう、と思っていたときだった。
「あ、そうだ、忘れてたわ。そのひげも剃らないといけないわね。顔剃りもしましょう」
そう言って、今回の延長戦が決定した。
「響たちにはまだ必要ないから忘れちゃうのよねー、足柄さんとかはちゃんとケアしてるみたいなんだけど」
じゃ、倒すわね、と再び倒される。
どうやら誰が使ってもいいように用意されているらしいシェービングクリームを混ぜる雷。
「塗っていくから口は閉じててね。くすぐったいかもしれないけど」
頬から顎、そして鼻の下など顔全体にクリームが塗られていく。刷毛が顔を動き回る感覚が非常にこそばゆい。
「剃っていくわね、危ないから動かないようにしてね」
カミソリに持ち替えたのだろう、雷の左手が左頬に添えられ、軽く上側に引っ張られる。そしてカミソリは下側にすっ、と動く。ショリショリ、という感覚。頬はスムーズにショリショリと動き回り、顎にかけてはゆっくり、しかし確実に剃り残さないよう小刻みにススッ、と動いていく。顎の下部からだんだん口元へと上がっていくにつれてカミソリの動きは慎重になっていく。
雷の手が下唇に触れ、上側に引っ張る。口の下にある毛を剃るためだろうが、温かい手だ。
鼻の下を剃るときには鼻に親指を当て、固定しながら少しずつ剃っていく。
顔全体を剃り終わったのだろうか、雷は手の平や指先を使って顔全体に剃り残しがないかどうかを調べ始めた。
クリームが残っていることも合わせてつるつるになったのがうれしいのだろう、顎、鼻の下を何度もぬるぬるした雷の指が這いまわる。なんとも言えない気持ち良さ。
「よし、これで大体終わりね。残ったのをふき取るわ」
温かい蒸しタオルで顔がぬぐわれていく。ごしごしと力強いけれど、優しさを残した拭き方だった。
倒れていた椅子が起き上がっていく。思った以上に心地よい時間を過ごせた気がする。
「仕上げといえば、やっぱりアレよね」
そう言いながら雷は手を組んだまま肩、首、頭をパンパンとたたき始めた。痛いわけではなく、身体にじんわりと残っていた疲れがゆっくりほぐされていく感覚がする。
「じゃ、お、し、ま、い……っと」
ポンポン、としめるようにたたいた雷が言う。
「これで終わりよ、司令官。どうだったかしら。かなり疲れが取れているといいのだけれど」
「うん、だいぶ楽になったようだ。ありがとう、雷」
立ち上がり、雷の頭を撫でる。
「司令官、疲れたらもーっと私たちを頼っていいんだからね」
「そうだな、そうするようにするよ」
「じゃ、司令官はお仕事の続き頑張ってね、雷は片づけしないといけないから」
「すまない、ありがとう助かった」
そう言って工廠をあとにする。
時間はちょうど一時間くらいだろう。なんとなくすっきりした頭と心地よい風を受けながら、書類仕事に気分良く戻れそうだ。
次の日、というよりその日の夜から、でかでかと青葉新聞に載り、頭を抱えたことはいうまでもない。
-----あとがき-----
ちょっと書きたいテーマが頭に浮かんだのでそのテーマを温めている間にリハビリしようと思いまして。
本当は大淀に切ってもらう予定だったんですが、なぜか雷が登場して、しかもその配役がしっくり来すぎてしまったので雷に変更しました。
散髪、洗髪、顔そりを書きたかった。というか一番力入れようと思ってた顔そりが思った以上に難しくてこんな出来になってしまった……。
耳かき(する側、される側)、マッサージ(される側)、と来たからこのテーマやることは決まってたんだけどリハビリ扱い。がんばりました。
もうちょっと何とかなったのかなぁと思いながら、また別の書くので適当に投げておこうと思いました。
では、また後日、近いうちにあげられたらいいですね。
地の文あり、6000字程度。趣味に走りました。
主役:雷
---------------------------------------------------------------
書類の山に追われて早二日。どうしようもない焦燥感にとらわれていた。
毎日届く任務の紙と開発報告書、建造報告書、遠征報告書、とにかく大量の書類の処理に追われている。
秘書艦である大淀もどことなく疲れているようで、ふと視線を左前の秘書艦用デスクに移すと、目の下にくまを作った大淀がその視線をせわしなく動かしている。
小一時間経っただろうか。山積みとなった書類の一角が少しだけ減ったころ、執務室のドアがノックされた。
「司令官、入るわよ」
気づけば遠征組が帰ってくる時間だったのだろう、雷が執務室に入ってきた。
「はい、司令官。遠征の報告書よ。今回は修復材も見つけたわ」
そう言って差し出される書類を、手を伸ばして受け取る。
不備がないか、軽く目を通す。記入漏れ、ミスはどうやらなさそうだ。
「うし、大丈夫そうだな。ありがとう、雷。補給して次の遠征まで下がってくれ」
雷に視線を向けてみると、雷は無言でこっちをじいっと見ていた。
「ん、どうした雷、なんかあったか」
「司令官……、なんか疲れてない?おひげもちょっと伸びてきてるし……」
「あ、ああ。ちょっとだけ書類が忙しくてな」
雷の視線からひげを隠すようにあごに手をやって答える。確かに無精ひげが伸びてきている。
「ちょっとは休まないとだめよ、司令官。倒れたら私たちだって困っちゃうんだから」
「大丈夫、大丈夫。みんな頑張ってるのに、私が休むわけにはいかないだろう」
「いーえ、提督」
そばで続けて書類の処理をしていた大淀が口を挟む。
「提督は働きすぎです。ここ二日間、いつお休みになられているのか、大淀も知りませんよ」
「いや、それは書類がまだあってな……、ちゃんと眠っているから大丈夫」
「執務室の机での仮眠は眠っているうちに入りませんよ。今日だって大淀が来たときには机に突っ伏していたじゃないですか」
「いや、それはだな……」
返事に窮していると、雷がそうだ、と何かを思いついたように口にした。
「忙しくて疲れてるんなら司令官もリフレッシュしたほうがいいわよね。大淀さん、司令官を一時間くらいお借りしても大丈夫かしら」
「ええ、一時間程度したら返してくだされば大丈夫です」
「お、おい。私には仕事がだな……」
「いいえ、提督。提督は少々疲れています。ここらでちょっとくらい休憩してもらわないと倒れてしまいます。そうしたらこの鎮守府の指揮はいったい誰がとるおつもりですか」
いや、あの、と口をもごもごさせて抵抗しようとするも、いつの間にか机の横まで来ていた雷に服の袖を引っ張られ、抵抗をあきらめることになった。
「ほら、行くわよ司令官」
半強制的に立たされ執務室の外に連れ出される。
「お仕事のことは考えずにさっぱりしてきてくださいね。かえってきたら一生懸命またお仕事してもらいますから」
大淀のそういう笑顔に見送られて、引っ張られながら雷についていくことになった。
連れていかれた先は工廠だった。
「明石さーん、居るかしら」
「はいはい、どうかされましたか」
そう言いながら奥から出てくる明石が私の顔を見て驚く。
「あら、提督。どうされました。雷ちゃんと二人で工廠なんて」
「ちょっと司令官がお疲れみたいだから連れてきちゃった。髪もぼさぼさだし、ひげもすごいから奥の台借りるわね!」
そういう雷の声に明石が私の顔、髪を見て納得したようにうなずく。
「ああ、なるほど。そうですね、空いてますからどうぞ使ってください」
……奥の台とはなんだろうか。そう疑問をもちながら、雷についていった先にあったのは。
「……洗髪台……?」
「そうよ、司令官。ここは私たち艦娘が髪を切ったり身だしなみを整えたりするための場所よ。さ、座って座って」
ほぼ無理やり座らされる。慣れた様子で電動の椅子を操作し、雷が高さを調整する。
「私は散髪されるのか」
「髪を切るってリフレッシュになるじゃない。どうせその様子だと行く時間すらないんでしょう」
「いや、それはそうなのだが、大丈夫なのか」
腕とか、資格とか……。
「大丈夫よ、司令官。電や響の髪だってこの雷様がちゃーんと整えてあげてるんだから、ね」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
そう言った私を完全に無視して、雷は作業を進めはじめた。
「じゃ、倒すわよ」
そう雷が言うと、洗面台に向けてゆっくりと椅子が倒れ始め、そこまできてようやく諦めることにした。
「うーん、電たちならもうちょっと上に来て、っていうんだけど司令官は逆ね。首のところ、痛くない?」
そう言われ、首元のクッションと合うように身体をずらして調整する。
「じゃ、はじめに軽く流すからね」
目元をタオルで覆われ、洗面台のシャワーから水音が聞こえ始める。
額に手を当てられ、熱くもなく、冷たくもない、心地よい温度のお湯が、額から頭頂部へかけて流れていく。
水音、そしてそのお湯を全体にかける手が、頭全体を優しく撫でていく。こぽこぽと水が流れていく音すら気持ちよく感じ、ああ、私は疲れていたのだ、と実感する。
気づけば、水は止まっていて、頭がタオルで包まれているところだった。いつも自分でお風呂上りにするような乱暴さは一切なく、優しく、しかし力強く、水気を確実に取っていく。脱力している首がその振動に合わせて揺れる。がしがしと頭をタオルが這う。
目元のタオルが取られ、椅子が再び起き上がっていく。
「やっぱり疲れてたんじゃない、そんな顔して」
そう言われながら椅子は回転し、鏡と向き合った。確かに鏡に映っている自分の顔はとても疲れ果てているように思う。
「しかし、司令官の髪はそんなに長くないから乾かすのも楽ねー。タオルだけであらかた大丈夫そうじゃない」
一応艦娘といえど女の子でもあるのだから、その子らと比べると、私の髪は短いのは当然だろう。
そう思う私に、雷は髪が服につかないようにするケープをつけ始めた。どうやら本当に切るらしい。
「本当に切るのか」
「そうよ、だってさっぱりするじゃない。お仕事だってあんなにずーっとやってても効率悪くなっちゃうでしょ。雷たちだってずーっと出撃すると調子悪くなっちゃうんだから」
いや、しかし、と食い下がろうとすると
「だから雷に任せなさいって言ってるじゃない。そんなにいっぱいは切らないから、ね」
やや濡れた髪をくしを使って真下に下される。確かに結構伸びてはいるようだ。
「結構伸びてるわね……、とりあえず眉毛の上くらいまで揃えて切って、てっぺんは軽く梳くくらいでいいかしら」
いつの間にかハサミを手にもった雷が身体を乗り出して櫛でおろした前髪を触っている。
これくらいね、と人差し指と中指でつまんだ髪の毛に雷がハサミを入れ始めた。
サクサク、とハサミが髪の毛を切り、パラパラと散らばる音が静かな室内を満たす。時折響くドリルの音は室外で開発をしている明石のものだろう。真剣な目をした雷が視界に入る。私は考えるだけしかできないが、きっと戦闘のときもこれくらい集中しているのだろう。
「司令官、ちょっとそんなに見られたらさすがにやりにくいわ」
どうやらずっと見てしまっていたらしい。そう言われるまで気づかなかった。
「すまん」
「いや、司令官、心配なのはわかるけど、もーっと雷のことを信頼してもらってもいいのよ。失敗なんてしないんだから」
思った以上の手つきの良さでそのような心配事などしていない、と言いだすのは少しだけ恥ずかしかったので、軽く目をつぶっておくことにした。
サクサク、パラパラ、と髪の毛が舞い、落ちていく。
時折、髪の毛を振り払うような動作が少しだけくすぐったい。
前が終わったのか横に移動した雷が切りやすいようにやや首を傾ける。時々、うーん、とバランスを悩む雷の吐息が側頭部に当たる。
「耳は出してしまうくらいにそろえて切るわよ」
その声にああ、とだけ答えると、雷は左手の親指で耳を抑えて、ハサミの先でチキリ、チキリと耳の上にある毛を切り始めた。
右側が終わったら次は左側の耳を抑えてチキリ。襟足も細かく何度もハサミを入れながら切って整えていく。
「じゃあ頭頂部を梳いていくわ」
梳きバサミに持ち替えた雷が頭頂部をザクザクと梳いていく……パラパラと髪の毛が落ちていく音……。
どうやら軽く眠っていたらしい。気づけばケープは取り払われ、櫛で頭全体に残ったままの切った髪の毛を振り払われているところだった。
「あら、司令官。目が覚めたの。と言っても数分だけだったけれど」
数分だけうとうとしただけでもずいぶん気持ちが良かった、とだけ答える。
「あ、司令官。ちょっと産毛が気になる部分があるから動かないでね」
小気味よいモーター音を響かせる小型のバリカンが耳の後ろ、首の後ろの産毛やラインからはみ出している毛を剃っていく。
近づけば音が大きくなり、触れている部分の振動がくすぐったい。小型バリカンは右側から後ろの首を通って左側までゆっくりと移動する。
「じゃーん、できたわ」
そう言って雷は鏡をもって後ろ髪の様子を見せてくる。いつも思うがこれで変なところを見つけられた試しがない。
だからこんな感じでいいかしら、とだけ言う雷に私は首肯することしかできなかった。
「じゃ、シャンプーするわね」
再び椅子を回転させ、洗面台に向けて倒す。今度は言われる前に首の位置を合わせた。
目元にタオルが再び置かれ、水音のみが聴覚を支配する。
再び額から頭頂部へ、そして側面へと温かいお湯が流れていく。落ちなかった髪の毛をすべて流しきれるように、頭全体をゆっくりと雷の手が這いまわる。
「かゆいところはないですかー、って言いたくなっちゃうわよね」
反応が返ってくることは期待していないかのような口ぶりのまま頭全体を流している。
シャワーからの水の音が止む。ぴちょぴちょと水滴が洗面台に落ちていく音。遠くでシュコシュコとポンプの音、そして手で泡立てるような擦る音のあと、側頭部に感触が来る。
左と右、両方からシャカシャカと泡立てながら髪の毛が泡立っていくのを感じる。やや手を立てて、側頭部、頭頂部、そして後頭部を小刻みに、力強く洗われていく。それが一往復、二往復、三往復。果てしなく心地よい。
そうやったあとは全体を大きく、円を描くようにゆっくりと揉みしだいていく。これも果てしなく心地よい。
4周くらいしてからだろうか、そっと雷の手が頭を離れた。再び聞こえる水の音。全体を優しく洗い流していく。
後頭部を軽く持ち上げられ、お湯をためた状態で軽くたたかれる。温かさと感触がひどく気持ち良い。
キュッ、と蛇口が閉まる音。そして排水管が立てるこぽこぽという音が続き、髪の毛の水気を軽く手で絞られる。
しばしの静音が訪れたあと、キュポンという音が響いた。
「トリートメント、というわけじゃないけど、一応ヘアケアのオイルを使うわね。あんまり必要ないって思うかもしれないけど、髪の毛って結構潮風で傷んじゃうから」
なんとも言えない良い匂いがあたりを漂う。髪全体にいきわたるように軽く撫でられる。行きわたったのだろうか、そのまま雷は指先を立てたまま両手で交互に頭を軽くたたき出す。そんなに強いわけではないが、ポンポンというような音が頭全体に小気味良く響いていく。
そして、ある程度たたいたあと、両手の指を広げた状態で私の頭をぎゅっと指圧していく。
ゆっくり指が動かしながら頭皮が引っ張られていく。ぐっ、ぐっとした圧迫感。決して不快ではなく、むしろ非常に気持ちが良い。決して長い間ではない非常に心地良い頭皮マッサージが終わったところで椅子が起き上がっていく。
目元のタオルが取り払われ、お疲れさまでした、と雷に声をかけられる。
「どうだったかしら、雷様のシャンプーとマッサージのテクニックは。暁なんか気持ちいいって言ってすーぐ寝ちゃうんだから」
確かに気持ちが良かった、そう伝えると雷は非常にうれしそうな表情になった。
「これから、気になったらすぐに頼っていいんだからね」
ドライヤーで髪を乾かし始める。温風が軽くあたりながら、手や櫛で髪の毛が乾いていくのを感じる。
「やっぱりすぐに乾いちゃうわね。なんだかつまんないなー」
それに楽しさを覚えるのはいかがなものか、と思うだけで口にはしない。
結構長い間やっていたのかと思ったが、まだ30分くらいしか経っていなかった。これからすっきりした気分で仕事に戻れば大丈夫だろう、と思っていたときだった。
「あ、そうだ、忘れてたわ。そのひげも剃らないといけないわね。顔剃りもしましょう」
そう言って、今回の延長戦が決定した。
「響たちにはまだ必要ないから忘れちゃうのよねー、足柄さんとかはちゃんとケアしてるみたいなんだけど」
じゃ、倒すわね、と再び倒される。
どうやら誰が使ってもいいように用意されているらしいシェービングクリームを混ぜる雷。
「塗っていくから口は閉じててね。くすぐったいかもしれないけど」
頬から顎、そして鼻の下など顔全体にクリームが塗られていく。刷毛が顔を動き回る感覚が非常にこそばゆい。
「剃っていくわね、危ないから動かないようにしてね」
カミソリに持ち替えたのだろう、雷の左手が左頬に添えられ、軽く上側に引っ張られる。そしてカミソリは下側にすっ、と動く。ショリショリ、という感覚。頬はスムーズにショリショリと動き回り、顎にかけてはゆっくり、しかし確実に剃り残さないよう小刻みにススッ、と動いていく。顎の下部からだんだん口元へと上がっていくにつれてカミソリの動きは慎重になっていく。
雷の手が下唇に触れ、上側に引っ張る。口の下にある毛を剃るためだろうが、温かい手だ。
鼻の下を剃るときには鼻に親指を当て、固定しながら少しずつ剃っていく。
顔全体を剃り終わったのだろうか、雷は手の平や指先を使って顔全体に剃り残しがないかどうかを調べ始めた。
クリームが残っていることも合わせてつるつるになったのがうれしいのだろう、顎、鼻の下を何度もぬるぬるした雷の指が這いまわる。なんとも言えない気持ち良さ。
「よし、これで大体終わりね。残ったのをふき取るわ」
温かい蒸しタオルで顔がぬぐわれていく。ごしごしと力強いけれど、優しさを残した拭き方だった。
倒れていた椅子が起き上がっていく。思った以上に心地よい時間を過ごせた気がする。
「仕上げといえば、やっぱりアレよね」
そう言いながら雷は手を組んだまま肩、首、頭をパンパンとたたき始めた。痛いわけではなく、身体にじんわりと残っていた疲れがゆっくりほぐされていく感覚がする。
「じゃ、お、し、ま、い……っと」
ポンポン、としめるようにたたいた雷が言う。
「これで終わりよ、司令官。どうだったかしら。かなり疲れが取れているといいのだけれど」
「うん、だいぶ楽になったようだ。ありがとう、雷」
立ち上がり、雷の頭を撫でる。
「司令官、疲れたらもーっと私たちを頼っていいんだからね」
「そうだな、そうするようにするよ」
「じゃ、司令官はお仕事の続き頑張ってね、雷は片づけしないといけないから」
「すまない、ありがとう助かった」
そう言って工廠をあとにする。
時間はちょうど一時間くらいだろう。なんとなくすっきりした頭と心地よい風を受けながら、書類仕事に気分良く戻れそうだ。
次の日、というよりその日の夜から、でかでかと青葉新聞に載り、頭を抱えたことはいうまでもない。
-----あとがき-----
ちょっと書きたいテーマが頭に浮かんだのでそのテーマを温めている間にリハビリしようと思いまして。
本当は大淀に切ってもらう予定だったんですが、なぜか雷が登場して、しかもその配役がしっくり来すぎてしまったので雷に変更しました。
散髪、洗髪、顔そりを書きたかった。というか一番力入れようと思ってた顔そりが思った以上に難しくてこんな出来になってしまった……。
耳かき(する側、される側)、マッサージ(される側)、と来たからこのテーマやることは決まってたんだけどリハビリ扱い。がんばりました。
もうちょっと何とかなったのかなぁと思いながら、また別の書くので適当に投げておこうと思いました。
では、また後日、近いうちにあげられたらいいですね。
by kyoukou_hac
| 2015-10-12 18:08
| 二次創作